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2014年06月05日
私が学生時代に一緒にあれこれ活動した人が交通事故で亡くなりお通夜がありました。
彼は蜘蛛の専門家でもあったのですが、東日本大震災のボランティアで南三陸に行き、ボランティアが撤退した後も現地に残り、子どもたちに自然の中での遊びの楽しさやサバイバルの技術を教えたりしていました。町の子どもや大人は彼のことをスパイダーとか蜘蛛仙人とか呼んで親しまれていたとのこと。自分は山の中にテントを張って本当に仙人のような生活を送っていたのだとか。
現地での送る会には200名を超える人が参列し、多くの子どもたちが野の花を持ってきて捧げたとの話も聞きました。ぜひ一度山の中の話を聞きたいと思っていました。そのうち機会があるだろうと思っていましたが叶わぬことになり悲しい気持ちでいっぱいです。
スパーダーマンの格好で地域の
小学校の運動会に参加していた
活動の様子が紹介されていた
彼は、小説家でもあり俳優でもあり、ラッパーでもあるあのいとうせいこうとも親交があったようで、彼のツイッターにも「南三陸で会った蜘蛛に詳しいスパイダーとあだ名されるボランティア、地元に根付くためにバラックで厳しい冬を越した男、他人のためだけに生きた人、つい先日東京でも会った同年輩の人物が交通事故で急逝された。『想像ラジオ』は彼の案内なしになかった。喜んでくれていた。喪に服す」と書き込まれていました。
彼への追悼の意味でもう一度「想像ラジオ」を読んでみようと思う。
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