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2015年01月29日

「障害」の判定について考える

 今日の中日新聞の社説で障害年金の支給が地域によってバラつきがある不公平について述べられていました。知人から、これはどういうことなのか、意見を聞いたいと電話がかかってきました。さっそく社説を読み返事の電話をしました。社説の指摘は、障害基礎年金の審査の仕組みに問題があるということです。不支給の割合が最高の大分の24.4%と最低の栃木の4%の間には6倍の不自然な開きがあるということです。ちなみに愛知県は12.9%。全国平均が12.5%なので平均並みという結果です。

 申請者の3分の2を占める知的・精神障害者の「日常生活能力の程度」の判定のバラつきが決定のバラつきを生んでいる大きな原因の一つであるということが厚労省の調査で明らかになったというのです。もし財政ひっ迫が不支給割合の増加と関係しているとすれば大問題であることは社説も指摘しています。私もそう思います。この問題の背景には、「障害」の認定をどのように行うのかという根本的な問題が存在していると思います。

 この間、内閣府の障害者制度改革推進会議の中の議論で、ほとんどの障害者団体は今の判断基準が「医療モデル」に偏っている、「社会モデル」に転換していくべきだと主張しています。簡単に言えば、対象となる人が、その「障害」といわれる現象によってどの程度社会生活を送ることに不自由な状態になっているかという問題です。私は両足を動かすことが全くできませんが、車の運転はできます。そのような側面を考慮することが必要だということです。医療モデルは障害者手帳の存在と密接な関係にあります。今日の社説で指摘されることは、まさにこのような「障害の判定」にまつわる根本的な問題が表面化している事態だともいえるのです。

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