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2010年02月01日

ひとり語りの語り部が逝く

 先月の28日に安藤俊子さんというひとり語りの語り部として活動されてきた方が亡くなったと連絡が入った。その人曰く、「大好きな男性たちに囲まれて亡くなったよ」と教えてくれた。79歳だった。

 私が彼女と出会ったのは1990年の補欠選挙の時か1991年の統一地方選挙の時かのどちらかだった。場所ははっきりと覚えている。今池ユニー前だった。私が演説をしていると、「私も視覚障害があるの。選挙がんばってね」と言って声をかけていただいた。しかし同時に私の演説について、もっと通行人に聞いてもらうような話し方をしないといけないというようなことを言われた。なんか変な人だなというのが最初の印象だ。そして名刺をいただいた。そこには何々(具体名は記憶がない)ペンクラブと書いてあったので文章を書く人なんだということを思った。

 その後どういう経過だったかは忘れたけれど、私の応援演説をしていただくことになった。場所はまた今池ユニー前だ。彼女は宣伝カーの上に上がり、よく通る声で話し始めた。「この斎藤まことは障害を持ちながら苦労してここまでやって来ました……」みたいな浪花節の入った語りであった。彼女の演説で振り返る人が多いのは確かであった。私自身は、自分は障害で苦労してきたというような言い方は決してしない人間なので安藤さんのお涙ちょうだい的演説には少し抵抗もあったのは事実。でもこのように応援してくれる人がひょんな出会いで生まれることの不思議さも実感していた。

 その後途切れ途切れのつながりが続いた。最近ではちょうど一年ほど前に今池商店街の人たちが企画した「三匹の芸人」というイベントで久し振りにお会いし少しだけお話しをすることができた。病気で体の調子が悪いといってみえた。私が見に来てくれたことをすごく喜んでいただいたのを覚えている。

 私の記憶の中では今池ユニー前で演説する安藤さんの姿が一番鮮烈なものとして残っていますよ。安藤俊子さん、応援演説ありがとうございました。やすらかにお眠りください。

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