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2015年08月14日

あいまいな「安倍談話」は問題点多々です

 戦後70年の政府談話が発表されました。第一印象としては、「安全保障法制」を成立させることを最優先させるために安倍首相の本音をオブラートに包んだものだということです。しかし包まれているものの中身にはいろいろ仕掛けが詰まったものになっていると思います。

 いわゆるキーワードと言われる「植民地支配」「侵略」「反省」「おわび」文言はとにかく入っているという印象です。「侵略」は「事変、侵略、戦争」と事象を並列しているだけで「日本が侵略をした」という表現にはなっていません。「植民地支配」という表現は3カ所に出てきますが当時の歴史状況の説明であり、今後への決意であってこれも「日本が植民地支配をした」とは述べていません。「反省」と「おわび」については「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。」と引用する形にすることで主体の直接性を弱めています。キーワードに関する内容は失望せざるを得ないものでした。

 談話の主体については、「私たち」という言い方が繰り返されていますが、歴史観については明らかに「私はこう考える」という内容になっています。日露戦争に対する評価、国際秩序への挑戦者という表現、民族自決という言い方などの表現や単語に重要な意味が込められています。また中国の被害者と欧米の捕虜が並列になっていても朝鮮半島の被害者について言及されていないことにも重要な意味があると思います。

 そして、今回の談話の肝の部分であると思われる、「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。」という部分は自虐史観脱却を主張する安倍首相の重要な部分です。「過去を受け継ぐ」部分に「謙虚な気持ちで」という修飾語も意図的な表現だと思います。

 そして最後には「積極的平和主義の旗を高く掲げ」と締めくくっています。いま国会で議論している「安全保障法制」を正当化する内容であることは大問題です。

 今回の安倍談話は、論点を分散させながら一般化して責任の所在をあいまいにし、バランスを取るように並列化して問題点を見えにくくしていることが一番の問題です。そして多弁になることで語るに落ちているということだと思います。今回の談話は一定の流れに沿って歴史観を語っているので新たな歴史観を生み出す可能性があります。私はいろんな人の意見を聞きながら今回の談話の意図を明らかにしていきたいと思っています。

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